作家の手帖

じぶんの「つづき」を書こう。

伏見瞬「『ズレ』が『ズレ』でなくなる時」

担当する目次

7.選考:基準/システム/書評/選評/批評/受賞

プロフィール

文筆の悪魔

初稿

1.インディペンデント批評誌『LOCUST』のコンセプト

「LOCUST(ロカスト)」という雑誌を十数名の友人とともに自費出版していて、編集長を担当している自分でもとても素敵な雑誌だと思うのだが、最近の状態に悩んでいる。やる気が出ないというと言い過ぎかもしれないが、どうにも、製作に力のこもらない感じがするのだ。リーダーがこれでは良くない。困っている。

 「LOCUST」は旅行と批評をかけあわせた雑誌である。毎回、特定の場所に集団で旅行に行き、互いの考えや感じ方を交換した上で、批評文やエッセイを執筆し、互いに編集する。2018年からこれまでに4冊を刊行し、この秋には新刊を出す予定だ。これまで、順に「千葉内房」「西東京」「岐阜(美濃地域)」「長崎」と旅行してきた。観光地のイメージがついていない場所に行く傾向にある。

 現在編集部員は12名。ほぼ全員が執筆と編集を兼ねており、経理や営業担当もいる。ゲスト執筆者にも数名、旅行から一緒に参加していただいており、インタビューも掲載している。

【例年の制作スケジュール】

 完成した雑誌は、文学フリマ、通販サイトBOOTH、独立系書店、手売りで販売している。精算は1年ごとに行う。編集部員の作業量の不均衡、書店への精算の遅れなど、仕組み上の課題や問題はあるものの、少しずつ体制を定めてきた。自分たちで誇れる本が作れてきたと感じているし、売れ行きもリアクションも予想外に大きかった。「こんな雑誌はじめて読んだ」「クオリティが高い」という声を多くいただいたし、全号購入してくれている方もいる。1号、2号は完売したため、3号からは印刷数を倍にしたが、その在庫も残り少ない。手応えのある活動ができていることは単純に嬉しいし、その手応えが次のモチベーションにつながる良いサイクルもできている。そう感じていた。 

 しかし、ここ数ヶ月、ずっとモヤモヤしていた。「LOCUST」が上手くいっている実感がどうにも持てないのだ。最初は単純に作り続けることのマンネリ感や、会社員生活を維持しながら他の原稿仕事を抱えている自分の忙しさのせいだと思っていた。それもあるが、最近原因が別のところにあることに気づいた。

 

 私は「ズレ」に惹かれ続けた人間だ。「LOCUST」でも、「ズレ」を意識してきたが、今、それが機能しなくなってきている。

 私も以前に出演したSpotifyのpodcast番組「pop life the podcast」の第131回(編集者の24時間・365日:下田桃子さんの場合 Guests:宇野惟正、下田桃子)で、「雑誌が軒並みに部数を落としている中、文芸誌だけがここ数年部数を上げている」という話がでていた。実際、「文藝」群像」といった老舗の文芸誌がリニューアルを行い、特集の組み方や論点の提示を工夫し、ネット書店での売り切れや増刷など、盛況を見せている。放送の中では、ホストの田中宗一郎氏がその状況を「イデオロギーが強く、ライフスタイルが弱い時代」と分析していた。ある種の思想・イデオロギーの表現に支持が集まり、生活や流行に根ざしたライフスタイルを提示する雑誌が衰退している。この分析の是非は置いといて(私は正しいと思う)、重要なのは、「イデオロギー」と「ライフスタイル」の対立項が、私にとってどちらも愛着の対象で、それが「LOCUST」のコンセプトに大きく関わっている点だ。

2.「ズレ」を生み出す雑誌の仕組み

「LOCUST」が旅行をテーマにするきっかけは半ば偶然だ。この雑誌は「ゲンロン批評再生塾」という批評を学ぶ集まりの、第3期の同期生によってはじまった。先達にあたる人々の多くが同人誌を作っており、「うちらもやるっしょ」という空気が自然とできていた。ただし、批評に興味がある点を除いては、参加者はバックグラウンドをほとんど共有していない。得意分野は音楽・映画・演劇・美術・文学・都市論などバラバラ。職業もさまざまで、学生もいれば、医者や学習塾経営者もいる。そこで浮かんだアイディアが「旅行」だった。旅行に行って、その土地に関わる本や映画などを取り上げれば、ジャンルが異なっていても一本の筋は通せると考えた。もともと旅行自体に興味があったわけではない。

 私が旅行というアイディアに興奮していたのは、「ズレ」を生む力がそこにあったからだ。一般的に旅行は「ライフスタイル」に属する行いだろう。旅行は多くの現代人にとって趣味の一つだし、旅行に「イデオロギー」を求める人はいないだろう。言い方を変えれば、旅行誌にシリアスな社会批評や哲学論文は求められていない。「LOCUST」の制作メンバーは明らかに批評や哲学や芸術に惹かれていた。書く文章だって、文芸誌に載るタイプのスタイルを有する。だから「ライフスタイル」側の旅行誌のふりをして、「イデオロギー」側の批評的な文章を載せると、面白い「ズレ」が生まれると思った。

 一番こだわりたかったのはデザインだ。一般的な文芸誌や批評誌のスタイル、白黒で縦書きの文字が並んでいる形式だとつまらない。むしろその逆、カラーで横書きに刷るべきだと感じていた。多くの旅行誌、カルチャー誌、ファッション誌のスタイル。「ライフスタイル」型の形式を採用するのは絶対に必要だと思って、反対意見を説得した。「ライフスタイル」を求めて買った人が「イデオロギー」を発見する、あるいは「イデオロギー」を求めてた人が「ライフスタイル」を発見する。期待していたものからの「ズレ」によって、読者に豊かな体験がもたらされる。それぞれの立場にとっての新鮮さが生まれると思ったし、学生の時からその両方が色濃く含まれる雑誌があればいいのにとなんとなく考えていた。

 とはいえ、アイディアだけあっても実現はできない。「LOCUST」は幸運なことに、優れたデザイナーと出会えた。雑誌の構想をデザイナーに説明した時は、今までにない雑誌だし、自分でも完成像がイメージできていなかった。最初はチグハグなものになっても仕方がないし、少しずつ修正するしかないと思っていた。しかし、結果できあがったものは、自分が想定していたよりもはるかに力のあるデザイン。文章にイラストや写真を組み合わせたページ構成は、批評誌では見たことがない。自分の夢想していた「ズレ」の作用が、そこで見事に実現していた。デザインチームをまとめている山本蛸さんは、デザイナーとしての技量はもちろん、イメージを具体化する力にとても長けているのだと思う。そこまで綿密に打ち合わせを重ねているわけではないけれど、最低限のやりとりから、最大限のものを引き出してくれる。vol.3以降は、各原稿それぞれに合わせたデザインを形にしてくれて、より強力な本になった。デザインにはもっと四苦八苦すると予期していたから、早くから高水準を達成できたのはとてつもなくラッキーだった。

3.「ズレ」ることに「素直」になる

 実際、LOCUSTはさまざまな人が興味を持ってくれる雑誌になったと思う。発行部数以上に、特定のグループ・クラスタを越えて読まれることが誇りだった。批評好き以外にも、音楽や美術を好む人、あるいは街や地域に興味のある人にも多く読んでいただいている。私淑している音楽家から「普段は本を読まないけれど、この本は独特でとても面白い」と言葉を頂いたのは大きな励みになった。旅行先の場所に住む人からも温かい反応があったし、全く別の地方からの購入も少なくなかった。年齢や性別にも偏りを感じない。「イデオロギー」と「ライフスタイル」の間の「ズレ」を活かす戦略は、上手く機能していた。  

 しかし、コロナ禍以降、その掛け合わせが難しくなってしまった。「旅行」が気軽にできるライフスタイルの一部ではなくなってしまったからだ。むしろ、「旅行」はイデオロギー的な行為になっている。旅はリスクを伴う営みであり、その実践は思想的なメッセージの表明を内包する。集会の自由、移動の自由には大きな意味があり、その実践を止めてはいけない。LOCUSTの活動も、人が集まり移動することの意味を雑誌として物質化するからこそ価値がある。しかし、そこに「ライフスタイル」的な、生活の一部として気軽に楽しめる旅行はない。かつて「旅行誌」にあった、軽薄さや気安さは失われてしまった。    

 元のコンセプトに忠実であるなら、「旅行」に替わる要素を、「LOCUST」に加えなくてはいけないだろう。今のところ具体的なことは思いついていない。極端な話、「旅行」をやめて別のなにかをはじめるかもしれない。 11月には新刊が出るが、今回はその途中経過のような文章になった。ただ、「ズレ」が生じていない状況に気づいて、私のやる気はかなり復活した。状況の認識はいつでも良い治療法だ。

 私は「ズレを作る立場からズレてはいけない」と直感している。個人的には、ズレを意識していたほうが単に生きてくのが楽しいってだけなのだけど、文筆という営みそのものもズレたままでいることを肝要としているだろう。それはあえて捻くれた立場を取ることとは違う。そもそも私たちは誰もがズレているのであって、社会にはズレを消しさる作用が強烈にある。その作用とは別の力を生み出すこと。それは素直であるということだ。その人そのものであるということだ。  

 私たちにはズレながら生きる権利がある。そして文筆は、「その人がその人自身になる」という目的を実現するための手段だ。文筆に関わる編集や営業は、「その人自身」を世の流れに流通するために存在している。個人と社会が正しくズレ続けるために、私たちは文筆を要望する。

※こちらは「初稿」です。「完成稿」は購読者限定です。購読チケットはSTORESから。



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