作家の手帖

じぶんの「つづき」を書こう。

ひらりさ「原稿料をとりっぱぐれたくない私のセブンルール」

担当する目次

6.契約・交渉:決裁/見積/合意形成/発注/納品/検収/請求/支払

プロフィール

1989年生まれ、東京出身。ライター・編集者。ユニット「劇団雌猫」メンバーとして同人誌「悪友」シリーズを、また個人として同人誌「女と女」を刊行している。

初稿

1. 出版社は倒産する

兼業ライターとして初めての原稿料は、3万3750円だった。

ある冬のこと、ウェブメディアで働いているときに仲良くなった著者さんから、紹介案件が舞い込んだ。その雑誌が初めて組むボーイズラブ特集で、作家インタビューの一つを取材・構成して欲しいという。ライターとしての実績がほとんどなかった私にとっては、とても嬉しい依頼だった。

取材はつつがなく終わった。担当編集の振る舞いや赤入れもそつなく、最後まで気持ちよく原稿に取り組めた。作家さんからもお礼の言葉が届き、雑誌も無事発売。同特集を取り上げたネット記事もたくさん出た。

発売翌日に、担当編集のAさんからお礼メールが来た。

「最終的に4500文字になったので、¥33,750-(税込み)ということでお支払いさせていただきたい。紙でも添付でもいいので請求書を発行してください」

私はすぐに請求書を返信し、翌日、Odette et Odileのロングブーツを買った。税込で3万円ちょっと。靴にそれだけのお金をかけたのは初めてだったが、「そのうち入る分を先に使ったんだ」と言い訳をした。

しかし、翌月末も、翌々月末も、口座への振り込みはなかった。

紙の業界の支払いサイトはわりと長いと聞くが、3ヶ月経つと、さすがに焦る。Aさんにメールをしたが、音沙汰がない。取材に同席していたBさんにも連絡してみると、返事が来た。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。編集Aのほうが前号の校了後体調を崩していたので、お手続きが滞っていたのかもしれませんね。早くお支払するよう、経理にも連絡してみます」

私は胸を撫で下ろしたが、事態はそれでおさまらなかった。結局、その月末にも、支払いがなかったのだ。

その後も何度かメールを送ったが、Bさんからは「経理に問い合わせています。本当に申し訳ありません」という返信が来るばかり。お詫びは丁寧だし、仕事は楽しかったし……。

悩んでいると、真実はネットニュースから飛び込んできた。

《XXXX社が民事再生申し立て 「XXXX」など出版の老舗》

この年の出版業者の倒産件数は38件。ベテランであれば常に覚悟しているかもしれない。しかし、駆け出しライターにとっては青天の霹靂で、脳内にはただ「ぎょぎょぎょ……」という擬音が浮かぶばかりだった。

2週間ほどして、1通の封書が届いた。2枚の紙が入っていて、破産手続開始通知書と債権者説明会御案内、と書かれていた。そうか、私は「債権者」なのか、と神妙な気持ちになった。選択肢は2つあった。

  1. 債務整理がだいたい終わって、残った資産を希望する債務者で分配するのを待つ。いくらの債務が解消されるかはわからない。

  2. 1万円以上の債務を放棄して、1万円だけ手に入れる。通知をしなければ自動で選択される。

気力はすでにマイナスに振れていた。私は、1万円だけ回収することを選んだ。玄関に鎮座するつやつやのロングブーツが、その後しばらく、己の浅はかさを思い出させるのだった。

2. 編集者は嘘をつく

心の傷も癒えかけていたある年、次の事件は起きた。

数年来の知人編集Cさんから依頼された仕事だった。とある人気テレビ番組のトーク内容を、対談形式にまとめた本を作りたいのだが、ひらりささんに頼めないだろうか、というFacebookメッセが送られてきた。私はその番組を楽しく視聴していたので、「ぜひ!」と飛びついた。

ライティング料は、30万円。台本をベースに書籍に見合ったボリュームの原稿に整える仕事で、それほどの労力はかからないだろうと条件も了承した。とにかく台本が送られてくるたびに打ち返し、dropboxにあげていった。3月刊行予定と聞いていたが、私が最後の原稿をあげたのは、3月半ばになった。

まだ番組関係者が確認していないのは明らかで、発売日はずれるだろうし、リライトの必要もありそうだ。Cさんからはメッセでちょくちょく「本文フォーマットに合わせて字数を調整してほしい」「オンエアと台本で微妙に空気感に差があるのをうまく調整してほしい」などのオーダーがあり、細かく対応していたのだが、4月に入ると、途絶えた。正確に言うと、他の案件の愚痴などはメッセで送ってくるのだが、書籍の話をしなくなったのだ。

私の原稿のレベルが低く、番組関係者が呆れているのだろうか。数週間悩んだ後、恐る恐る、「本の件、大丈夫ですか?」と連絡してみた。

間をおかず「ちょっと苦しいです……」と絞り出すような返信が返ってきた。

「ゲラを見せないで本が出るということはないです。ただ、向こうの赤字がすごくて、原形を留めないレベルになっていて……。ひらりささんには申し訳ないです。発売、6月末になるかも。先に原稿料請求していただくなど、考えます」

この時は彼女を信頼していたので「大丈夫ですよ!私は当座のお金に困っているとかでもないので……。お疲れ様です!」とねぎらいのメッセージを送った。

6月になっても、7月になっても、進捗はなかった。支払情報も渡したが、振り込みは刊行後とのことだった。Amazon上の発売予定日は断続的に後ろ倒されていた。対照的に日に日に増えたのが、編集部のパワハラに悩んでいる、実は転職準備をしている、という彼女の愚痴だった。

8月の昼下がり、私は、それまで対面することがなかった、番組のディレクターDと会うことになった。編集C本人が私たちを繋いだのだ。企画している別番組で、オタク文化を取り扱う予定があるので、先方が、私に話を聞きたいとのことだった。

Dさんはハキハキとした女性で、ヒアリングはスムーズに進んだ。より詳細なリサーチに協力する場合の謝礼金額も明示してくれ、ランチは和気藹々のまま終わった。

席を立つ直前、私は言おうか悩んでいたことを聞いた。

「あの、番組本の発売日がどんどんずれていますよね。Cさんからは制作サイドのチェックをとても丁寧にしてもらっていると聞いています。私の原稿が拙くてそちらの意図が汲めてなかったのかなと、今日は若干申し訳ない気持ちがあったんですが……なんとかなりそうでしょうか」

Dさんは、怪訝な顔をした。

「えっ……私たち、まだ原稿ちゃんと見れてないんですが……」

どういうこと???

「デザイナーさんが本文デザインで色々物言いをしているので待って欲しいとずっと言われていて。所々は送られてきたんですが、全部は見れてないんですよ。今のままじゃ9月刊行も無理だと思います。別番組の制作もあるので困ってるんですけど……」

私は帰宅後すぐに、Cさんへ抗議のメッセを送った。Cさんは謝罪こそしたものの、その何倍もの分量で、上司のハラスメントのせいで判断能力を失っていたし転職活動でもいっぱいいっぱいで頭がうまく回っていないのだ、と添えてきた。

心身が限界なら他の人に引き継ぎしてほしいと言っても、編集部のリソース上難しいと拒否された。何も解決していない中、彼女のFacebookのステータスが「退職」になった。私は最終的に、編集部の代表番号を調べて電話をかけた。事態を把握した編集長はすぐに謝罪のメールをよこし、原稿料は書籍の刊行を待たず、9月末に支払われた。

そろそろロングブーツを出すか、と思い始めた時期に、書籍はなんとか刊行された。私は送られてきた献本の表紙を一瞥して、Facebookで告知することもなく、本棚の奥に押し込んだ。

3. 持つことにした自分なりのルール

ここまで読んできて「納品から60日過ぎての未払いは下請法違反だったんだから、もっと厳しく催促すればよかった」「ちゃんと発注書を出してもらうべきだった」「そもそもメッセでやりとりするのはやばい」と、私の愚かさに突っ込みを入れたくなった読者もいるだろう。今の私も思うよ!

ただ業界体質というのは根強いし、「自分は未熟だから仕事がもらえるだけでもありがたい……」と下から目線で働いているライターは、私以外にも多いのではないか。案件が知人経由で来ることが多いために、強く言えないのもある。

公取委の動きもあり、下請法を守って発注・支払いを行うウェブメディアは若干見受けられるようになった。一方、紙の業界は、業界慣習と下請法のすり合わせがうまくできていないように感じる。ライターの原稿提出がずるずると遅れるケースや、いざ書いたらどう直しても当初の目的を達成できないクオリティで話をなしにするケースもあり、事前に契約書を作りづらい事情もあるとは聞く。

現在、私はできるだけ以下のセブンルールを守って仕事を請けている。

  1. 原稿料だけでなく、文字数や作業範囲、支払いサイトも事前に確認する

  2. 条件は必ずメールで送ってもらい、その後のやりとりもメールに残す

  3. 何かあった時に相談できるよう、同じ編集部の別の編集者ともつながりを持っておく

  4. 支払い関係でちょっとでも不信感があったら、次の仕事は請けない

  5. 同業者と情報交換し、取引先の与信をなんとなく確認しておく

  6. マジでニッチもサッチもいかなくなったら、代表番号に電話

  7. 入っていない原稿料でご褒美を買わない

自分的にはこれはアウトだな〜と思った版元や雑誌が問題なく存続していて、他の同業者たちも問題なく仕事を続けていることもある。過剰に反応してしまったかなと省みることもあるが、トラブルが起きるかどうか以上に、「気持ちよく仕事ができること」が大事なので、まあいいかと割り切っている。

もちろん関係性というのは相互に成り立つものだから、発注サイドが書き手に求める信頼要素もたくさんある。最たるものは締め切りへの姿勢だろう。締切日を過ぎた深夜1時半に泣きながらこの原稿を書きつつ、己の信頼性も高めていきたいと思うのだった。

※こちらは「初稿」です。「完成稿」は購読者限定です。購読チケットはSTORESから。



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