作家の手帖

じぶんの「つづき」を書こう。

笠井康平「原稿料400年の歴史――どうして作家は昔からいまいち儲からないのか?」

担当する目次

1.企画趣旨:「作家の手帖」企画書/事務書類/先輩的文献の紹介

プロフィール

1988年生まれ。東京都在住。会社員。著書に『私的なものへの配慮No.3』(いぬのせなか座)。近著に「文化芸術の経済統計枠組みはいかにしてテキスト品質評価指標体系の開発計画に役立つのか」「文化と経済をめぐるブックリスト」「現代短歌のテキストマイニング――𠮷田恭大『光と私語』(いぬのせなか座)を題材に」。すきなものが、すきです。

初稿

はじめに

 「原稿料」にはたくさんの用法がある。謝礼金、着手金、成果報酬、著作権使用料、年俸・月給、業務委託費、収益分配、製造原価、ユーザ行動の対価を指す。値付けに関わる要素も多い。メディアの収支構造、流通量、作者の人数・待遇、職域・業務量、読者の可処分所得・時間ーー。

 世界のインターネット人口は、2020年に46億6千万人(前年比7.3%増、対全人口比59%)に達した。出版市場シェア世界最多のレックスグループは、科学・医療・法律の専門メディアとデータサービスを手がける。原稿料の慣習も変わるだろう。次の50年には、100年以上続いた文字単価と発行部数の時代が終わり、時間単価と読了率が主流になる日も来るかもしれない。

 その日に備えておさらいしよう。原稿料をめぐる歴史は、情報技術の発展とともにあった。ざっくり半世紀ずつ区切ると、1.木版印刷以後、2.書籍商以後、3.貸本屋以後、4.活版印刷以後、5.普通教育以後、6.物価高騰以後、7.インターネット普及以後の7区分で考えられる。

「本」はみんなで借りて読むもの

1.木版印刷以後(1700-1749)

 原稿料のトラブルは、日本では1693年からある。井原西鶴は「写本料」300匁を前借りしたまま死んだ(1)。

(1) 『作家の原稿料』(2015, 八木書店)より。第3章までの史実も同書に拠る。

2.書籍商以後(1750-1799)

 その50年ほどあと、書籍商「竹苞楼」の創業者佐々木春重(2)が、(狂)詩集や笑い話、恋占いの出版費用に「作料」を計上した記録がある。本の印刷・流通コストはまだ高く、作者は出版者と共同で費用負担していた。業務報酬というより、共同事業者への利益分配だろう。

(2)屋号は銭屋惣四郎(初代)だった。

3.貸本屋以後(1800-1849)

 18世紀末になると、有力な出版者が人気の戯作者を囲い込もうと、「潤筆料」(3)と呼ばれる着手金を払うようになった。山東京伝や曲亭馬琴らが受けとった。これを日本初の原稿料とする説もある。

 とはいえ貸本屋が江戸・大坂に数百軒ずつといった時代で、本はまだパーソナルメディアではなかった。貸し借りや読み聞かせで享受される、都市の共有財だった。人気作家でも初版は数百ほど。原稿料は販売好調の謝礼に近かった。

(3)あるいは筆耕料とも言った。

複製技術時代の人気商売

4.活版印刷以後(1850-1899)

 19世紀後半に入ると、ヨーロッパ由来の印刷技術が導入され、次第に新聞が数万部、雑誌が数千部、書籍が千部規模の読者を集めるようになる。

 明治政府は、出版条例(1869年)を経て、著作権法(1899年)を制定する。

 1作ごとの買い切りだけでなく、原稿用紙1枚あたりの報酬計算も始まる。印税支払も始まる。とはいえ書籍の増刷は珍しかった。時には後払いの印税より、前払いの原稿料が喜ばれた。印税率は10%ほどから始まり、増刷のたびにあがって25%にもなる例があった。

 もっとも、文士録など公刊資料に記載された自営業者「作家」は百数十人ほど。文化史に名を残す作家でさえ、専業では家計を支えられず、新聞社に籍を置き、企画・執筆・編集を兼任していた。

 例外的に出版契約を結ぶ慣行もみられる。夏目漱石だ。しばしば条件交渉を行い、報酬や印税率を引きあげたり、職域を執筆に限ったり、出版権を手元に留めている。朝日新聞社との商談記録は、「営業部に不満は言わせない」など、現代の出版契約ひな型にもない細則まで合意されていて、いまでも参考になる。

5.普通教育以後(1900-1949)

 1920年代には、識字率の上昇と都市人口の増加によって、数十万部規模の雑誌が登場する。全集ブームや婦人誌・児童誌の創刊など、読者の間口を広げる新規事業も次々と生まれた。講演・講座が人気を集め、地方巡業が作家の重要な収入源になった。

 印税収入で高額所得を得られる作家・出版者も登場する。出版ビジネスは投資する魅力のある新分野だった。

 ベテラン・有名作家と新人・無名作家の収入格差が(愚痴・小言として)問題にもなった。共産主義が弾圧される一方、執筆者の相互扶助が社会実験として注目され、業界団体も結成される。著名作家がラジオ・映画産業のインキュベーションに貢献してもいる。

 第二次世界大戦の戦況が悪化すると、言論統制と用紙供給規制が、出版産業そのものの存在意義を危うくするけれど、皮肉にもこの政治圧力が、戦後のコンテンツ産業の組織化を準備した。大手の広告代理店や出版取次も、前身は戦時下の官民連携政策で生まれた。

 原稿料は1枚1~5円ほどの例が目立つ。現在の金額に直すと、原稿料は2,600円/枚から13,000円/枚ほどか(4)。

(4)当時は米1升(約1.5kg)の小売価格で0.2円から0.3円。1kgあたり0.13円から0.15円になる。直近3年の米の小売価格は5kgで2,000円ほど、1kgあたり400円になる。米の物価は2,600倍ほどになっている。

視聴者増、物価上昇。原稿料は?

6.物価高騰以後(1950-1999)

 画像・動画メディアの「原稿料」に関する文献は少ない(5)。それでも、週刊誌やテレビ番組は、他のメディアと比べて原稿単価が高いとする証言は散見される。

 人気と信頼に裏付けられた広告収入が、販売収入だけに頼らないメディア経営を可能にし、収益を制作費へ十分に投じられたのだろう。文筆業の人口も比例するように増え、作詞家やドラマ脚本家、構成作家、報道記者、コピーライター、ゲームシナリオライターが、新たな職業として注目される。漫画市場の広がりは、1960年代に週刊誌が始まり、1975年のコミックマーケット創設を経て、1995年に部数競争の頂点を迎える。高額納税者になる漫画家も次々と現れる。

 それ以降の時代潮流は、まとまった研究がまだ見つからない。儲け話は慎まれるから、負の出版バイアスはあるけれど、不遇を託つ証言には事欠かない。レジ打ちのほうが稼げると自嘲する小説家、馬車馬のように働いても年商1,000万円を超えないフリーライター、取材費・資料費がかさんで赤字になりやすいノンフィクション作家、原稿単価1万円でも中堅会社員の平均年収にしか相当しないという人気作家――。

 戦後に何が起きたのか。1960年から1980年までに、モノの値段(消費者物価指数)は3倍近くになった。2020年までにはさらに20%ほどあがった。『原稿料の研究』の編集者匿名座談会によると、1978年当時の最低価格は2,000円/枚ほどだという。いまの物価なら2,400円/枚に相当する。なんと、戦前よりも下がっている。

 出版統計をみると、書籍(1988年)・雑誌(1995年)の販売金額がピークを迎えたあと、市場規模が半分に減る一方で、新作の刊行点数は8倍に増え(1954年に約1万点、2015年に約8万点)、売上・人気も二極化した。供給過剰の弊害が生じるわけで、市場全体でみれば1冊あたりの収益が増えるはずもない。

(5)「制作費」の調査統計はある。

7.インターネット普及以後(2000-2050)

 日本の家庭用インターネットは1995年に解禁された。21世紀に入ると、携帯電話の普及に後押しされて、インターネット人口は過半数を超えた。

 識字率が高く、インターネット回線が行き届いた地域では、ホームページ、掲示板、ブログ、SNSなどでテキストを執筆・公開する個人が急増した。デジタルメディアの可処分時間も急伸し、2018年にメディア接触時間シェアが50%を超えた。機械翻訳や音声認識、文章生成の技術も普及期に入った。「本」の作者/出版者/読者ではなく、「画面」の出演者/配信者/視聴者として過ごすひとがさらに増えたわけだ。

 日本のネット広告を牽引する企業は多くが1995年前後に創業している。市場拡大に伴って、インプレッション(imps)、ページビュー(PV)、ユニークユーザー(UU)、滞在時間、クリックといった指標が、効果測定に使われるようになった。指標は費用と結びつけられ、ユーザ行動1回あたりの収益性が評価される(6)。

 ユーザ行動に値段がつくと、高品質なコンテンツより、検索と解析の技術が競争力の源泉になった(7)。プラットフォーマー(8)が市場支配力を持ち、オーディエンスデータが売買され、インフルエンサーが集客力と発言力を兼ね備えるようになった。

 コンテンツの出版者は、プラットフォーマーと共存しつつも、低額な配信収入や広告効果の不透明さをきらって、定額会員制による顧客育成へ事業基盤を移しつつある。新型コロナウイルス感染症の蔓延で、広告主はこぞって宣伝費を減らしたのに、ネット広告だけは成長していて、ウェブメディアの統廃合や、投資ファンドによるメディア企業の買収に拍車をかける。

(6)Adjust「グローバルベンチマーク」によれば、同社が観測する7,000以上のアプリを対象にした調査で、2019年のウェブ広告のクリック単価は0.16ドル(17.5円)から0.19ドル(20.8円)で推移したという。

(7)データの民主化も進んだ。Googleアナリティクスの元になるアクセス解析ソフト「Urchin」は1996年に生まれ、2005年にGoogleに買収された。Google社は同サービスを無料提供する。他の多くのプラットフォーマーもそうだ。

(8)ポータルサイト、検索エンジン、ソーシャルメディア、ニュースアプリ、コンテンツ配信サービス、オンラインゲーム――

じぶんの「つづき」を書こう

 書くことの民主化と機械化はこれからも続き、読むことはますます組織化され、規格化されるだろう。ダンピングを防ぎ、水増しを見抜き、注目に惑わされず、購買力を保つために。惜しみない努力に、惜しみない拍手が応える。その理想に近づけるなら歓迎だ。だけどその陰では、山のように書き、浴びるように読んだのに、ちっとも報われない不運が相次ぐだろう。

 どうして作家は昔からいまいち儲からないのか。原稿料の近現代史から学べるのは、ごくありふれた教訓なのかもしれない。

 小さな理由(制作費の不足、流通量の少なさ、販売価格の安さ、不利な契約条件、非合理な再分配)、メゾレベルの理由(競争環境の歪み、供給過剰、過大な品質要求、産業政策の不整合)、大きな理由(景気後退、規制・検閲、従来技術の陳腐化)が絡み合っていて、主流の理由は時代ごとにちがう。新しい作家が生まれ育ち、病みながら老いるにつれて、気がかりな悩みが移り変わるように。

 書くことは生きることだとひとは言う。では、もの書きはどう生きるか。

 未来を予言するほどうぬぼれてはいない。誰にでも当てはまる警句を言うつもりもない。ぼくにできる助言はひとつだけ。あなたを損ねないで。 表現の奴隷にも、座興の道具にも、陰謀の養分にも、紛争の燃料にも、社会の犠牲にも、市場の仇花にもならないように。

 死ぬまで生きよう。じぶんの「つづき」を書こう。生き延びる知恵と、死なない工夫を分け合いながら。世界はまだ終わらない。だけど時代は変わる。まともな将来を夢見て、その日までどうかお元気で。

参考文献

※こちらは「初稿」です。「完成稿」は購読者限定です。購読チケットはSTORESから。



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